大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)806号 判決 1965年9月29日
控訴人 東京海上火災保険株式会社
被控訴人 日新興業株式会社
主文
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。当事者双方の主張は、次に附加補正するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
(控訴人の主張)
(一) 控訴人は原審で約款第四条第四号の解釈に関し「運転手の法規違反のすべての場合に免責されるのではなく、運転手の法規違反と発生した事故との間に因果関係のある場合に限る」旨の主張をしたが、この解釈は誤りであるから次のように訂正する。「約款第四条第四号は法規に違反した自動車の使用または運転のあつたときは、その時からその状態の継続する間における保険者の責任を解除する趣旨を定めたものであり、本来法規違反と事故との間になんらの因果関係を要するものではない。」
(二) 約款第三条第一号は保険事故招致による免責を定めたものであるのに対し、約款第四条第四号は違法な危険はてん補しないという保険制度の根本原則に基づくもので、両者は規定の趣旨を異にするのであるから、約款第四条第四号は同第三条第一号と離れて独自の立場から保険契約における信義則に従つてその適用範囲を定めるべきである。すなわち、約款第四条第四号はあらゆる法規違反行為をすべて、免責とする趣旨でないことはいうまでもなく、法規違反の程度が軽い場合にはその適用がなく、法規違反の程度が重い場合に適用があると解するのが相当である。右重大な法規違反の一般的な事例としては<1>酩酊などにより正常な運転ができない場合(旧道路交通取締法第七条第二項三号)、<2>無免許運転(同条同項二号)、<3>著しい速度違反(同条同項五号)、<4>踏切における一時停止、安全確認義務違反(同法第一五条)がこれに該当する。このような解釈は我国保険業界の確定した慣行となつており、一般の顧客もこれを諒承のうえ保険に加入し保険事業が円滑に運営されているのであるから、右約款の解釈につき右慣行が考慮されるべきである。
(三) また、右に列挙した法規違反の事例のうち<1>および<2>は無謀操縦として自動車の運転自体の禁止に違反する悪質なものであるから、公序良俗あるいは信義則からいつてもこれに約款第四条第四号が適用されることは当然というべきである。
(四) さらに、約款第四条第四号の適用の範囲が約款第三条第一号但書によつて制限され、運転手の運転中の重大な過失をその規定の対象から除外しているものとしても、酩酊運転など自動車の運転自体が禁止されている本件のような法規違反の場合には、約款第三条第一号但書には該当しないというべきである。すなわち、約款第三条第一号但書にいう「重大な過失」とは、運転上の過失、換言すれば自動車の運転操縦上の過失を意味するにすぎず、運転自体が禁止されている場合や、運転を始める以前の過失はもちろん運転に直接関係のない過失はこれに含まれないのである。本件については、酩酊状態となつたときから約款第四条第四号により法規違反の自動車の使用または運転として既に保険者はてん補責任を解除されているというべきであるから、その後における約款第三条第一号但書の適用の余地はなく、本件の場合は約款第四条第四号の適用を免れない。
(五) 約款第四条第四号が法規違反の主体を特定していないのは、何人といえども法規に違反した自動車の使用または運転は禁ぜられるべきであり、このような状態にある保険の目的物につき損害てん補の責に任ずるのは公序良俗または保険契約上の信義則にももとるためである。右約款の解釈に関する控訴人の主張するところは公序良俗あるいは右信義則、保険制度の目的などを考慮してその適用範囲を制限して公平な適用を意図するものであるから、なんら恣意的な取扱ではない。
(被控訴人の主張)
(一) 約款の解釈は平均的画一的でなければならないから、控訴人主張のように法規違反の程度の軽重により約款第四条第四号の適用の有無を決めるのは、控訴人の恣意的な解釈を許すことになり約款解釈の原理にもとり許されない。
(二) 約款第三条第一号は事故招致の主体を明らかにしているが、他方約款第四条第四号は法規違反の主体を定めておらず、また、何人も第三者の行為により不利益を受けることはないから、約款第四条第四号は保険の当事者以外の者の行為については適用がないというべきである。
当事者双方の証拠<省略>………と述べたほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
理由
一、被控訴人主張の請求原因事実(たゞし、被控訴人が合資会社太陽商会に支払つた修理代金額の点をのぞく。)はすべて当事者間に争がない。
二、控訴人主張の免責の抗弁につき判断する。
(一) 被控訴人と控訴人との間の本件自動車保険契約は控訴人主張の自動車保険普通保険約款(以下、約款という。)に基づいて締結されたもので、約款には「保険の目的が法令または取締規則に違反して使用または運転せられるときは、控訴人はその間に生じた損害に対してん補の責に任ぜず。」との免責規定(第四条第四号)があることは当事者間に争がない。
(二) 前記一の当事者間に争のない事実に成立に争のない乙第一号証の二を総合すると、本件事故は被控訴人の被用者である運転手黒川道雄が昭和三二年一一月二三日午後八時三〇分頃保険の目的である本件三輪車を運転して大阪市東淀川区十三西之町二丁目二六番地先車道を時速三〇粁位で南進中、先に飲んだ酒の酔が出て同区十三陸橋附近よりもうろうとして前方注視ができない状態になつたのにかゝわらず、直ちに運転を休止して酒の酔のさめるのを待つなど事故を未然に防止すべき注意義務を怠り漫然と運転を継続した過失により同区十三西之町一ノ一七四番地先で北行の車道に進入したとき折柄西側交さ点から左折北進しようとした阪急バス株式会社所有のバスの前部に衝突したために惹起したものであることが認められる。右認定事実によれば、黒川道雄の右行為が旧道路交通取締法第七条第一項、第二項第三号に該当することは明らかである。
(三) ところで、原審証人小山田義一、同中村一郎、当審鑑定証人久保田芳久、同山本寿三郎の各証言によれば、約款第四条第四号は、社会的に非難すべき違法行為による損害を保険によつて救済することは公益に反し、ひいては違法行為を助長する結果となるので、これを防止するという政策的考慮に出たものであることが認められるが、約款第四条第四号は単に「保険の目的が法令または取締規則に違反して使用または運転せられるとき」と規定するだけで、右法令等の内容を明示していないけれども、自動車の所有、使用、管理に関して生ずる損害のてん補を目的とする自動車保険の趣旨からみて、旧道路交通取締法および同施行令のような自動車の運行取締に関する道路交通関係法令を含むことは疑がない。
しかしながら、自動車の運転による道路交通については前記諸法令で運転者のつくすべき注意義務が詳細かつ具体的に規定されているため、運転者が運転中に自動車事故を起した場合、なんらかの右法令違反が認められることの多いことは容易に推測できるから、もし、約款第四条第四号を文字どおり厳格に解釈し運転者があらゆる前記法令に少しでも触れたときはすべて免責されるものとするならば、本来被害者大衆を保護しようとする自動車保険の社会的効用および経済的機能(自動車保険は運転者が運転中に起した事故による損害だけを対象とするものではないとしても)を減殺する結果となつて妥当ではない。したがつて、約款第四条第四号はこれを合理的に制限して解釈すべき必要があるわけで、結局右約款の制定趣旨にてらし当該法令の目的、違反の反社会性と保険の効用、機能との比較衡量によつて決するほかなく、この見地にたつてみると、約款第四条第四号は、前記諸法令に関していえば、危険の発生あるいは増加の蓋然性が極めて大きいため自動車の使用または運転を禁止しているような重大な法令に違反する行為で、右行為が罰条に該当し、かつ、右法令違反と事故との間に因果関係のある場合に限り、免責とすることを定めたものと解するのが相当である。被控訴人の主張するような約款第四条第四号は法規違反の主体を保険の当事者に限定したものとする解釈はその根拠を欠き、とうてい是認することはできない。
(四) もつとも、約款第三条第一号は、「保険契約者、被保険者、保険金を受取るべき者またはこれらの者の代理人(法人の理事、取締役その他これに準ずべき者を含む。)もしくは保険の目的に関する使用人の悪意または重大なる過失に因り生じた損害に対してはてん補の責に任ぜず。」と規定し、さらに、同号但書で「運転中における運転手または助手の重大なる過失をのぞく。」と規定しており(右約款の存在は当事者間に争がない。)本件事故は前認定の発生原因によれば、運転手の運転中における重過失によるものと認められるので、本件は約款第四条第四号と約款第三条第一号但書とが競合する場合といわねばならない。(この点につき、控訴人は約款第三条第一号但書の「重大なる過失」は運転者の運転操縦上の過失を意味するにすぎないから、自動車の使用または運転が禁止されているときは、これに違反した以上、以後約款第三条第一号但書の適用の余地はない旨主張するが、禁止違反の運転も運転にかわりなく右約款の文理上このように解釈すべき根拠は見出しえないから右主張は採用できない。)
運転者の運転中における前記道路交通関係法令の違反は多くの場合運転者の重過失につながる場合が予想されるので、約款第三条第一号但書と第四条第四号とが一応競合する場合、後者を無限定に適用して免責を認めることは、前者の存在価値を減少させることは否定できないであろう。しかしながら、前掲各証人の証言によれば、約款第三条第一号は自ら責に帰すべき事由で任意に招致した事故は保険の信義則に違反し偶然性を欠く点から、いわゆる事故招致に基づく商法所定の免責の範囲を前記代理人等に拡大する反面被保険者の管理監督の及ばない運転中の運転手又は助手(以下単に運転手という。)の重過失(運転手の故意については被保険者自身の責任と同一視して免責を除外する。)に例外を認めることにより、善良な被保険者を保護する保険の効力を配慮したもので、右但書は事故招致免責の例外復活規定というべきものであつて、約款第四条第四号とはその制定の趣旨を異にするものであるから、約款第四条第四号の適用が被控訴人主張のように約款第三条第一号但書の範囲で当然排除されるものと解釈しなければならないものではない。約款第三条第一号但書によれば前記のように運転中の運転手の故意による事故招致の場合はこれを被保険者の責任と同一視して免責されることの均衡からみても、運転手が前記のような重大な法令違反をあえてしたことに基因する事故の場合に免責とすることは、約款第四条第四号の前認定の制定趣旨にてらして相当というべきであり、同号を前記のような重大な法令違反の結果生じた事故に限り免責されるものと制限を加えて適用すれば、被控訴人主張のように保険会社が常に免責の利益に浴し自動車保険の目的を喪失させる結果となることはなく、なんら公平の観念に反するものではない。また、被保険者自身が自動車を運転することが比較的少なく、多くは使用人たる運転手によつて運転せられる実情からみても、約款第四条第四号と約款第三条第一号但書とが競合する場合に、約款第四条第四号から運転手が運転中重過失により保険事故を招致したときを除外するならば、同号は運転手の故意による場合にのみ適用をみることになり、かえつて約款第四条第四号の存在価値を否定するに等しい結果を生じ適当ではない。
さらに、普通約款たる保険約款における免責条項は、その利用者である顧客の利益を保護する立場からみて、具体的明確に規定されることが望ましいことはいうまでもなく、この点で約款第四条第四号の規定は抽象的にすぎる嫌いがないではない。しかしながら、成立に争のない乙第二号証の一ないし五に当審鑑定証人山本寿三郎の証言により真正に成立したと認められる乙第四号証の一ないし一〇および右証言を総合すれば、本件約款は控訴会社ほか我国の多数保険会社が制定した統一約款で、右会社らは約款第四条第四号につき従来から重大悪質な交通法規違反により生じた事故の場合に限定して免責とする解釈適用に従い保険業務を永年運営しており、右約款の制限的解釈は保険取引上の慣行的取扱となつていることが認められ、約款第四条第四号を右のように解釈することは保険契約における信義則あるいは取引の通念からみても、本件約款を利用する一般人の理解可能性の限度を超えたものということはできないし、また、保険者の利益のために恣意的な解釈に委ねる結果となるのでもない。したがつて、右約款に不明瞭がある場合として保険者に不利に解釈し商法第六四一条の適用もしくは準用により前記法令違反の主体から運転手を除外すべきであるとする被控訴人の主張も採用できない。
三、以上判断したところによれば、本件事故は運転手が酒に酔つて正常な運転ができない状態にあり、旧道路交通取締法第七条第一項第二項三号により自動車の運転それ自体が禁止されるにかゝわらず右禁止に違反した(同法違反の罰則は第二八条第一号)悪質重大な法令違反行為の結果惹起された場合と認むべきものであるから、控訴人は約款第四条第四号によつて免責されるものといわねばならない。被控訴人の本訴請求はその他の点の判断をまつまでもなく理由がなく棄却すべきものである。
そこで、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は失当で取消を免れないから、民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 熊野啓五郎 斎藤平伍 朝田孝)